2015年05月07日

わこの八郎潟干拓碑

2015.4/28、八郎潟干拓碑を見てきました。

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一般的な観光からすると、こんなものを見に来る人はいないのかも?(笑)
でも、わこは、こういうところにも好きで寄っちゃうのです〜


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木々に囲まれた、小さな林状態になっていますが、1969年に干拓碑が建立されたときには、見渡す限り何もないところだったみたいですね

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八郎潟は、日本で2番目に広い湖でしたが、水深が深いところでも4.7m程度で、水底も平らなお皿のような構造だったそうで、干拓を行うには適した場所だったのですね、昭和三十年台ですから、まだまだ米の収量を確保しなければならない状況で、八郎潟の干拓には大きな期待が寄せられていたはずです
おとうさんはね、小学校の頃に習ったんだ、(当然、よく覚えてはいないけれど:笑)八郎潟干拓地のことは、すばらしい国家事業として、子どもながらに誇らしいという印象があるから、今回、自分の目で見られたのはうれしいねぇ、自分が住んでいる岡山平野も16世紀とかには、かなり大規模な干拓事業が行われていて、その後も、明治にかけて干拓地が広がってきているから、干拓には多少関心があるよね

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こちらは、水位標で、わこの足下が干拓前の平水位、胸元が洪水位なので、元は、湖の底だったのです〜

後で、大潟村を去る際、五城目警察署に報告してあります。
posted by あきたな at 22:08| Comment(0) | 日記
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