2015年06月11日

わこの濱口雄幸旧邸

2015.5/25、高知県安芸郡田野町の浜口雄幸(おさち、おさじ)旧邸を訪問しました。

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濱口雄幸は、ライオン宰相とも呼ばれた、第27代内閣総理大臣です

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雄幸は、今の高知市に生まれました〜約350年前に先祖がこの付近の開墾に努めた功により「郷士」へ、そして、その後も厚遇を受けた名家濱口家の夏子と結婚して、濱口家の養嗣子になりました〜妻夏子の実父義立の妹静子(金)の夫が、清岡道之助です〜雄幸の実父が出生届を出す際に大酒を飲んで酩酊し、命名されていた幸雄ではなく、雄幸と逆に届けてしまったのだとか〜おとうさん、しっかりしてくださーい

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玄関前のソテツは、濱口家がここに居を構えたときに植えられたそうなので、樹齢400年ぐらいになります

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そして、建物は、清岡道之助旧邸と似ていますが、当時の郷士の典型的な造りのようです

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右の建物は倉庫かと思いますが、左は(表示が消えかかっているのですが)便所のように見受けられましたがどうかな?

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井戸です

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記帳が玄関上にあるので、普通にあがって見学できるようですね

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雄幸は、結婚してからこちらに住まいますが、帝国大学法科卒業以後、大蔵省に入省し大蔵次官にまでなり、政界に移っていくので、あまり長い期間は過ごしていないのかもしれませんね〜逆に、中央の激務から解放されて静かに過ごせる場所だったのかもしれませんね

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当時の敷地がどこからどこまでなのかよく分かりませんが、結構広い庭があります

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決して、華美な感じはありませんが、落ち着いた庭だと思います

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居間(応接間?)です

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こちらは玄関の間です〜写真が展示されていて、それを見るだけでも面白い〜

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濱口雄幸は、第1次世界大戦前後の激動の時代、実直な政治姿勢を貫いてきました〜経済政策では、軍部予算を抑えて国民の生活の向上を目指し、金解禁による金本位政策を採りましたが、GDPの上昇はあまり見られず、批判も多かったようです
1930年、天皇陛下(昭和)の行幸の付き添いや陸軍教練視察(岡山県浅口市)のために、特急「燕」に乗車しようとホームを歩いているとき、至近距離から銃撃されました〜命は助かりましたが、療養しても完全な政界復帰は難しく、翌年、春に辞職、さらに夏にこの世を去りました
(誰の目にも無理な状況で、しつこく登壇・答弁を求める野党はどうなの?)


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通りすがりに思いつきで訪問したのですが、昨秋訪問した、萩の旧別邸の田中義一が第26代で、濱口雄幸が第27代の総理大臣です〜訪問には何のつながりもない偶然なのですけどね
 http://kigurumi.sblo.jp/article/105280043.html


下見後、田野町役場に連絡をして、訪問の了解をいただいてからお邪魔しています。地域の方々が、管理を含めて守っているみたいで、時々、見てくれていたので、むしろ、安心して見学させていただけました。(^_^)
事前報告だったので具体的な訪問場所は伝えられていませんが、奈半利交番から安芸警察署に活動の概略について電話連絡をしてあります。
posted by あきたな at 16:50| Comment(0) | 日記
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