2015年06月18日

わこの松陰神社

2015.6/6、山口県萩市の松陰(しょういん)神社に参拝しました。

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前回、萩を訪問したときに、ちょうど祭典の日で多くの人出も予想されて参拝は叶わなかったのですが、今回、益田に到着してから問い合わせたところ、参拝を許されたので、萩まで足を延ばしました

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御祭神は、吉田矩方命(よしだのりかたのみこと)、つまり、吉田松陰先生です

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明治23年(1890)、松下村塾出身者などの手により松下村塾の改修が行われ、このとき松陰先生のご実家、杉家の人々の手で松陰先生の御霊を祀るために建立された土蔵造りのほこらが松陰神社の前身です

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明治40年(1907)、松下村塾出身の伊藤博文や野村靖が中心となって請願書が提出され、やがて、県社格をもって創建が許可されると、土蔵造りのほこらを松下村塾南隣に移して本殿としました

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昭和12年(1937)、神社神域拡張工事が着工され、昭和15年(1940)には新社殿が起工され、同17年(1942)には桧皮葺の社殿が竣功しましたが、大東亜戦争が激しさを増し、国家総力戦の様相を呈するに至り、遂に御遷座されないまま終戦を迎えました

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戦後、社会情勢が落ち着くと、新社殿屋根を銅版に葺き替えるなどの改修工事をおこない、ついに昭和30年(1955)10月26日に御祭神が新社殿に遷座され、現在の松陰神社本社となりました

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前後非対称の本殿です

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暑い日でしたが、本殿の背後は広く、木々を渡る風は結構涼しかったです

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拝殿前の境内は賑やかですが、本殿の周りにまで来る人は少なくて、幕末の激動の流れを考えたりしながら、ゆっくりと過ごせますよ(^_^)

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境内を整備・清掃されていた方から、三本松葉をいただきました〜縁起のいいことがありますよって〜こういう出会いそのものがステキなことですよね〜ありがとうございました

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拝殿前に戻ってきました〜タイミングを計って撮っていますが、参拝者はひっきりなしに来られているのですよ

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拝殿前の阿さんです

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同じく吽さんです

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松陰神社拝殿に並んで、末社松門神社が鎮座しています

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松門神社は、現松陰神社社殿の竣功に伴って、それまでの社殿を移築し、松陰先生の塾生・門下生を御祭神として昭和31年(1956)に創建されました

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松門神社拝殿前の阿さん、背後に見えるのが松陰神社拝殿です

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同じく、吽さん

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松門神社の鳥居です

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こちらは、松陰先生が安政4年(1857)年に主宰した松下村塾(しょうかそんじゅく、国指定史跡)です

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移築ではなく、当時からこの位置に建っていました

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ここで、明治維新を成し遂げた、数多くの人材が育ちました

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有能な門下生が多く集まり、やがて、日本を先導していったわけですが、松陰先生を仰ぐことができる時代に生まれるというタイミングもあったでしょうし、当時の交通手段からして、ある程度近隣に生まれて多くの人たちと関わり合うチャンスがないと、せっかくの能力も活かされなかったでしょう〜時代を創っていくためには、個人の能力が高いだけでは不十分なのでしょうね

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こちらが、吉田松陰幽囚ノ旧宅です(国指定史跡)

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松陰先生ご実家、杉家の旧宅で、天保年間に建てられたといわれ、当時よりここに建っていました

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。安政2年(1955)、萩城下の野山獄より出牢した先生は、この邸内の3畳半の1室に幽囚されます

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この幽囚宅で講義が行われ、やがて松下村塾の教育へと発展していきます

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えーっと、松陰神社拝殿に面したこちらが、幽囚の部屋だったと思うのですが、確認し忘れました A(^_^;)

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元々、この実家で過ごしていて、松下村塾がすぐ近くに私塾として建てられ、松陰先生の没後にほこらが建立されて松陰神社になっていくわけで、紹介順とは逆の流れになりますね

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当時使われていた、米搗台です

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拝殿横に、松陰先生の御分霊がおまつりされている勧学堂があります

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勧学堂の奥に、楷の木が植えられています〜会津藩校日新館が孔子廟の楷樹の種子を貰い受けて育苗したものを、松陰先生が東北遊歴の際、嘉永5年(1852)に日新館を尋ねた縁故で、平成元年に献木されたものだそうです〜孔子廟から貰い受けた種子を育てた大木は、岡山県の閑谷学校にもあり、親戚木に出会った感じでしょうか、少し驚いてしまいました

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こちらは、江戸時代の茶室、花月楼です〜これを建てた萩藩第7代藩主毛利重就の遺徳を偲び、松下村塾出身の品川弥二郎が自邸内に保存していたのを、昭和34年(1959)、神社境内に移築したもので、山口県指定有形文化財です

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惜しい、障子が閉まっていて中が見られませんでした〜

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御朱印をいただきました

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神社正面に駐車場はありますが、多くの参拝者が来られるので、タイミングが悪いと停められませんが、わこは、下見の時にこれ以上ないぐらい最良の場所に停めることができて助かりました〜 (^_^)

前回の萩訪問時に、参拝願いを出していたこともあり、当日朝の電話でのお願いでも、その内容を大雑把に把握していただくことができたみたいで、宮司さんの了解を得ることができ、無事、参拝することができました。
説明のほとんどを、松陰神社ホームページの資料によっています。
http://www.shoin-jinja.jp/
事後になりましたが、萩警察署に寄って、前回と同様、報告してあります。
posted by あきたな at 23:27| Comment(0) | 日記
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