2016年08月25日

わこの上黒岩岩陰遺跡

2016.08/17、愛媛県久万高原町にある、上黒岩岩陰遺跡を見てきました。

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1万2千年前の縄文草創期から後期にわたる複合遺跡です

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昭和36年に偶然発見されましたが、学芸員さんの話を聞くと、ちょっとしたことが、好ましい方向に動いたことの積み重ねで今の形になったようで、場合によっては、あまり価値のない貝塚ぐらいに見られて、うち捨てられていたかもしれません

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発掘調査の結果、時代が違う地層が、何層にも積み重なっていることが分かりました

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延々1万年近くにわたり、人が住んでいたことになるのですよ、すごいですね

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出土したものは、すぐ隣に作られた考古館に保管されています

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中でも価値の高いものとして、女神石と呼ばれる、長い髪・大きな乳房・こしみの・かすかにわかる逆三角形を、鋭い石器などで小さい緑泥片岩に描いてある線刻像があります

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慣れない者には、落書きにも見えないものですが、状況を積み重ねていくと、裸体の女性像で、それが縄文時代に描かれていると分かってきて、大変貴重なものらしいです

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土偶や土器、壁画として、女性像が表現された遺物は多くありますが、石に線で描かれたものは、世界的にも珍しいのだそうです

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縄文時代の遺跡なので、道具的なものとしては石器が中心で、加工した石の矢じりなどもありますし、後期になると、装飾品も出てきます

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貝塚の中には、海の貝も見つかっていて、当時は、高知県の海岸線からは遠い道のりだったはずなので、人的交流もある程度あったと推測されています
川の貝は、カワニナなども多く、当時の人が食べていたのですが、つい、蛍が飛んでいたのかな〜とか考えちゃいました(^_^)


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埋葬された女性の全身骨格も出土していますが、この人は海岸地域から来たのではないかと思われるようです〜道など、獣道レベルでしょうし、地図も情報もない中で、よく交流できたことだと思います

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考古館の前の田んぼでは、穂がかなり実ってきていました(棚田では、一部刈り取りも始まっていた)が、思い出してくださいね、縄文時代は、まだ、稲作は行われていなかったのですよ〜1万年以上前のこの地域の景色はどんなものだったのでしょうね〜〜

事前に久万高原町教育委員会の了解をもらってから見学させてもらっています。偶然、学芸員の方がいて、面白がって、いろいろな話を聞かせてくれました。受付・案内をされている方にもお世話になりました。
当日、事前に、久万高原警察署に寄って、活動予定を報告してあります。
posted by あきたな at 23:51| Comment(0) | 日記
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